#10 Life always supports me. Everything is all connected. いのちは必ず支えられ必ず繋がっていること。

要約

いのちの繁栄美しさを味わい分かち合うデリことラジオ、エピソード10のデリことでは、今朝の感動の気づきのシェア!やっぱり早起きは三文の徳(。→∀←。)

それはこんな自分自身への問いかけから始まりました。。。

人は孤独なもの、だから生まれてくることは苦しみの一つ、そんな風に言われたりもするけれども、本当にそうかな?

人間は生まれた時から一人で生まれ、死ぬ時も一人で死んでゆきます。孤独は人間の本性なのです。だからこそ、人は他の人を求め、愛し、肌であたため合いたいのです。

瀬戸内寂聴

ふむふむ、よく言われるやつですよね。

この「わたし」という個人の視点からするとそうかもしれないけれど、「いのち」の視点からすると、もしかして、もしかして、違わない??いや、違うかも?魂的観点においてはいつものことだけど、視点をシフトするだけで全く反転した世界が見えてくる!

Photo by Simon Migaj on Pexels.com

このいのちが生まれる時も死ぬ時も、必ず、いつも、全てのいのちの循環に存在している。あらゆるいのちの循環の中にわたしたちは共に巡っている。かたちあるものとして、体を持って生まれてきて生きている時間もあれば、その体を失い死んだ後も、かたちないものとして存在していたりする。そしてもちろん森羅万象のものたち。仮に、もうだれも見つけられないであろう富士樹海のどこかででいわゆる遭難死をしたとしても、ありとあらゆるいのちにつつまれ、母なる大地に抱かれて死にゆくわけだ。そしてまたその力でおおいなるいのちの循環の中へ組み込まれ直していく。

(´இ_இ`)と、尊い。。。

魂夫の火葬場での出来事はいまでもまだ、はっきりと手の感触から音までしっかりと覚えているけれど(苦笑)、あの時は凍りつくような悲嘆の中にいたのでそうは思えなかった。冷静そうでいてそんなわけはないよね。いまなら、そのことを、そのいのちの循環のなかでのプロセスだと捉えることもでき流ようになってきたみたい。骨と灰だけになった分、その循環の中に彼のいのちがもどっていったんだね。この大気に、炎と共に自由に飛び立って行ったんだろうな。それはなんとも言えない解放感に満ちていたでしょう。喉がカラカラになって飲むときの水と、苦しんで死んだ後の解放感、パラレルにするには不謹慎かもしれないけれども、大いなるいのちの循環の中では単に形を変えただけのこと、そうやって大いなる存在は諭してくれるかもしれない。それを知っている大自然だからこそ、そこにいると落ち着いたり、優しい気持ちになったり、おおらかになったり、そうやって本来の自分自身に戻ってこれるんだろうね。

Photo by Pixabay on Pexels.com

なかなか今日も真面目にかたってみちゃいましたー ̄) ニヤッ

ちなみに心理学者のフロイトはこんな言葉も残している。

生きることの意味と価値について問いかけるようになると、我々は狂ってしまう。 なにしろ意味も価値も客観的に実在するものではないのだから。

フロイト

心理学者として極めてきた人のお言葉ですが、それがどれだけクレイジーなのか、じぶんが狂っていたのか、っておことろをやはり本人が自覚していたってことは正常なんでしょう。まぁ、あんまり考えすぎないことですね。とはいえ、わたしがクレイジーなのは今に始まったことではないのでまぁいっか(*´艸`*)

デリことでは本質にちょこっと瞑想しながら締め括ります。

愛と希望と感謝の気持ちを込めて🙏

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